3連動地震の津波

8月30日に内閣府から、南海トラフ巨大地震「東海・東南海・南海3連動地震」の被害想定が発表されました。これは3月末に発表された被害想定をもう少し詳しくした内容です。地元の静岡新聞にも大きく報じられました。

なんとその最大死者数は32万3千人、静岡県だけで10万人を越える数になります。
あくまでこの数値は最悪の事態を想定したものなのですが、静岡県民に与えた影響は非常に大きいものでした。
死者の多くは地震に伴う津波が原因となります。
静岡県は東西に海岸線が長く、駿河湾で起きる津波は最も近い場所で2〜5分で届いてしまうと言われています。
もし夜中に地震が発生した場合、慌てて外に出ても避難ビルまで逃げる時間はわずかです。
内閣府の試料によると、浜松地区では津波が海岸から5㎞程度も入り込む事が判ります。

この地図では、濃い赤が5〜10mの津波高さ、ピンクが2〜5m、オレンジが1〜2m、黄色が0.3〜1m、緑が0.3m以下です。
今回の試料はあくまで最悪の事態を想定しているので、この図より浸水深は浅くなると思われます。
しかし、最悪のケースを想定することは昨年の東日本大震災を考えれば当然必要です。
あっという間に押し寄せてくるこれらの津波から身を守るためには、自分の居場所がこの地図のどの辺に位置するのかをしっかり把握する必要があります。

津波では素早く高所へ逃げることが必須ですが、静岡県では外に出て避難中に津波に遭遇する事もあり得ます。
その場合、低い高さの津波であれば自宅の2階に避難する方が安全な場合もあるのです。

昨年11月17日に国土交通省から「津波に対して構造上安全な建築物の設計法等に係る追加的知見について」という試料が発表されました。これは平成17年の津波避難ビルのガイドラインの追加試料です。
これによると、以前のガイドラインより津波の波力が減じられ、実際の波力に近い数値になったと感じます。

海岸からの距離と障害物の有無により、それまでの「浸水深の静水圧の3倍」という基準から、2倍、もしくは1.5倍にまで減じられています。
以前の3倍という数値では木造などでは吹き飛んでしまう圧力になります。
しかし、海岸から500m以上離れた場所では最大1.5倍まで下げる事が認められたのです。

更に木造に対する、安全な深水深の指針も示されました。

これを見ると、2mの高さの津波であれば、耐震性1.5倍の木造(耐震等級3)なら、2階に避難しても良いことになっています。
先ほどの地図を見るとオレンジ色の場所です。かなり広い地域が該当する事が判ります。
つまり、耐震等級3の建物であれば、オレンジ、黄色、緑の地区では、慌てて逃げるより自宅の2階に避難した方が安全、と言うことになります。
それでは先ほどの津波波力の計算式から、実際にシュミレーションをしてみましょう。

これが波力の計算ロジックです。

そして、この2階建て木造住宅で考えてみましょう。


まず、この住宅の間口は9.5mです。そして2mの高さの津波がこの住宅にぶつかると、全体で42.75トンの水圧が掛かる事になります。
その圧力の内、建物の1階の耐力壁(桁高さ)に掛かるせん断力はおおよそ7.12トンと考えられます。

そして、この住宅を耐震等級3とした場合の1階の許容せん断耐力は8.48トンとなります。(C0=0.3)
そして、おそらく最大耐力(Pmax)は20トン程度だと思われます。しかし部分的な応力集中を考えれば2/3Pmaxで、12.7トン程度と考えた方が安全です。そうすると、2mの高さの津波ではある程度の余裕があることが判ります。
もちろん津波に混ざって漂流物が衝突する事も考えられるため、水の圧力はもう少し高くなる事もあり得ます。
また、津波の前に地震力が建物自身に掛かるため、弾性域である上記の8.48トンを当然越えてきます。
そのため、建物は塑性域に入っており、全体の耐力も低下している可能性があります。
そのため、等級3が全く安全な強さかどうかは、やはりその状況によると考えられます。

そして、土台部分から上の木部に掛かる津波波力を計算すると、29.6トンとなります。
アンカーボルトに掛かる水平方向のせん断力も、これでは軽視出来ないのが判りますね。
津波に対しては免震や制震などと言った技術は役に立ちません。

これらのことから、単に耐震等級3を狙えばOKではなく、一応その他の力も検討に入れておいた方が良さそうです。

また、基礎の耐圧盤の厚さなどを増やしておくことも有効です。

津波の被害を被ると考えられる多くの地域では、高さ2m以下の場所がかなりあると考えられます。
そのためにも、住宅を強く造る事はとても大切な事だと言うことが判ります。

これまで静岡県が発表していた津波ハザードマップでは3連動を想定していなかったため、最悪のシナリオではありませんでした。
しかし、国が今回示してくれた内容から、浸水深の最大値が判るため、その水位を元に構造を決定する事が出来るようになりそうです。
静岡県では来年6月を目処に、更に詳しいマップを発表する予定です。
そうなればかなりはっきりした津波安全対策が検討可能になります。
早く県の報告書が出ることを期待したいですね。

ヤギモク 遠藤