坂本雄三著 建築熱環境

東大工学部の建築学科3年の冬学期に開講されている坂本雄三先生の「建築熱環境」の授業に使われている配付資料がついに一冊の本になりました。
その名も授業名と同じ「建築熱環境」です。著者はもちろん講義をされている坂本先生です。昨年10月に東大出版会から出版されました。

私が受講した東大の授業の多くは、特定の本を教科書として指定するのではなく、その都度先生が独自の資料を配付して講義をする事が多かったです。
授業で毎回配布されるプリントは、各先生方が重要と考える部分の参考資料ですが、多くはそれを見ながら先生の持論を理解するための資料集的な物が多かったように感じます。そのため、授業を聞きながらノートをしっかり取らないと理解できない物でした。しかし、坂本先生のこの資料は毎年の授業に使用してきたため、大変完成度の高い配布資料となっていました。

1月に坂本先生の講義が農学部であると聞き、実は履修していなかったのですが飛び入りで聴講させていただきました。その授業の案内メールで教科書に指定されていた本が今回紹介するこの本です。さっそくアマゾンで取り寄せましたが、中身は懐かしい授業の配付資料でした。


本の目次は以下です。
1章:環境時代における建築環境工学
2章:人体と熱環境
3章:建築部位の伝熱特性
4章:定常伝熱モデルと住宅の省エネルギー基準
5章:日射と太陽エネルギーの利用
6章:湿気と結露防止
7章:蓄熱と室温変動
8章:暖冷房とヒートポンプ

本を読んでいくと、当たり前ですが添付資料より図版が美しく、文章も整えられています。しかし全体としてはほぼ資料を再現した様に見受けられます。
私たち建築の実務者がしっかり理解するべき所はまず3章の伝熱の仕組みでしょうか。この章では建物の温熱状態をモデル化し、一次元熱流やフーリエの法則、貫流熱や熱抵抗といった説明が続き、放射や対流などを加え、総合熱伝達率と室温の関係に導きます。興味深いのは、次世代省エネ基準の本などに結果だけが書かれている空気層の熱抵抗を実測したグラフやガラス面の入射角と侵入率のグラフなどが掲載されており、先生が長年の省エネ評定などで扱われてきたであろう様な補足資料の記述が有ることです。
暫くぶりにプリントを見直すと、至る所にメモ書きが有りました。

そして4章の定常伝熱モデルでは熱損失係数と日射取得係数から始まり熱負荷と省エネ基準の説明になります。この本では熱損失係数の呼び名を一般的なQ値ではなくL値としています。定常モデルと非定常モデルの違いは「蓄熱」の有無で、定常では蓄熱を無視し、非定常では蓄熱を動的に評価して計算します。定常計算でも有る程度のスパンで考えると指標として充分使えると先生はおっしゃっていました。また、部位の性能を単純に説明するためには重要な技術です。この章ではL値(Q値)が変わればどの様に室温に影響が有るのかなど、数値の結果をどの様に認識したら良いかが書かれています。これは単に計算値を表すだけではなく、数字の持っている意味を技術者が理解すべきである、との考えからですね。

次の5章ではタイトルが少し変わっていました。配布プリントでは「日射とソーラーハウス」でしたが、「日射と太陽エネルギーの利用」になっていました。ソーラーハウスの言葉を差し替えたのは、より一般的な概念にするためだと思われますが、実は以前のソーラーハウスインパクトの方が好きでした。
建築を志す人間が一度はやってみたいのが「ソーラーハウス」です。ここではまさに太陽と建築物との物理的相対的な関係の基礎を述べています。

本では新たに日赤緯δと均時差eの式が載っていました。また、太陽光が地球に降り注ぐ際、雲などの影響で直達日射と天空日射に分離します。これを日射の直散分離と言いますが、プリントではブーゲ式とベルラーゲ式が紹介され、しかし実際には誤差が大きいと書かれていました。しかし本ではこれに加え永田式も載せてありました。これは「拡張アメダス気象データ」の中にも記載されていますが、直散分離の式の「永田モデル」「宇田川モデル」「渡辺モデル」の中の推奨モデルである式です。この直散分離が上手く行けば、水平面全天空日射量さえ測定できれば建物に作用する天空日射を計算できることになります。つまりパソコン上でソーラーハウスの基本となる太陽エネルギーの取得がシュミレート出来るのです。
当時私もパソコン上でこれらの数値が扱えるようになれば便利と思い、途中までやってみました。

しかし他の仕事が忙しくなり、まだ制作中のままになっています。
今回の本を読み、先生が「さあ、資料は揃えたからパソコンでシュミレーションプログラムを作ってみなさい」とおっしゃっている様に感じました。

6章の結露に続き7章では蓄熱を扱っています。しかしこの部分は「まえがき」にもあるように、かなり短くまとめてあります。そのかわり、8章ではなんと「ヒートポンプ」を取り上げています。
現在の省エネ基準は今年の9月より認定基準として運用され、2020年までに義務基準にされることが決まっています。その場合1次エネルギーに換算したエネルギー量で判断されるようになります。その際にこのヒートポンプの技術はとても高効率で使い勝手が良く、建築の分野で大変重要なコンテンツだとの考えだと思います。単に学生用の教科書として理論のみを扱うのではなく、実際に使える知識の取得を目指した本であることが判ります。

エピローグでは、建築用の熱シュミレーションは沢山有るが、実際の建築に際しほとんどの技術者がこれらの技術を使っていないことを指摘し、どんな設計者でも手軽にシュミレーションができてすべての建築に応用され、その結果低炭素社会が構築されていくことが理想であると結んでいます。


ヤギモク 遠藤