現代棟梁の設計術

今回紹介する書籍は木内修先生が長年日本の伝統建築を研究され執筆された「現代棟梁の設計術」です。

この本は、昨年農学部大学院の授業「建築事例研究」で先生の五回に渡る集中講義を受講し、感動して購入したものです。
木内先生は芿水建設に在籍中、社命で伊藤平左衛門(十二世)伊藤要太郎氏に師事されました。そこでまず言われたことは、現代は伝統建築を建てようにも職人が居ない為やめておいた方が良い。との事だったようです。さらに、我が国の伝統建築を絶やさないためには、もう宮大工だけには頼れない。今後は設計者自身が伝統の技を理解し、桃山時代の工匠が理想とした「五意達者」(ごいたっしゃ)を追究すべし、だったようです。

ここで言う五意とは、
1:式尺の墨かね 「かね」は金偏に曲と書くが辞書には無い。式尺とは木割術、墨かねとは規矩術のこと。
2:算合     墨付けなどの計算や積算
3:手仕事    作業技術
4:絵用     彫り物の下絵
5:彫物


日本の伝統建築と言っても非常に長い時間の中で三回の完成期を迎え、時代とともに変化してきました。
まずは奈良時代、次に鎌倉時代、そして桃山時代です。江戸初期には有名な木割術の書「匠明」を平内政信が著しその後の建築に影響を与えました。

講義では、「匠明」にはすでに誤りがあり、それ以前の伝承が上手く伝わっていない点なども有ると教えられました。たとえば三間四面(さんけんしめん)の記述では、三間の柱間を持ち四方に庇のある形式を言うのですが、匠明では東西南北の四面とも三間(柱四本)の構造を示してるようです。確かに日本建築史的にはありえない解釈ですね。
この本ではまず木割と規矩術の説明があり、現代規矩術の成果として、軒先の反りを数式を用いて解析しています。これは授業でもしっかり教えられた分野です。寺建築では正面の軒反りを見ると時代が分かります。江戸期以前は「総反り」と言って、建物の中心から左右に全体的に緩やかな反りを与えていました。これが江戸期にはいり中央部分が直線になり、左右隅部の先端部分だけが反り上がる用に退化したのです。と言うよりも、建築がより商業的になり手を抜く様になったのです。現在出版されている寺社建築の手引き書ではこの江戸期の手法が載っています。
本書で言う軒先の優雅さは、総反り、捻れ軒、茅負の反り出し、と位置づけこれらを数値化した事が大変興味深い点です。これで設計者自身の美意識を軒先の優雅さに求める事ができるわけです。

継ぎ手仕口では、各時代の仕口の変遷を研究し、その強度がどうなっているのかを解明しています。やはり江戸期の仕口は形ばかりで強度不足であるとの事です。構造的には鎌倉期から室町あたりが頂点だと教えられました。この辺りの時代考察では図を用いて要点を記述しています。

凄いのは、伝統的な耐力壁要素の面内せん断試験を行い、限界耐力計算により寺社建築の計算の基礎データを提供し、分かりやすく解説している点です。この資料は日本建築学会の「木質構造の設計」にも掲載されています。

後半には、木内先生と稲山先生の対談が載っており、付録には「継ぎ手仕口の変遷」として図解で分かりやすく優れた仕口の紹介があります。

伝統建築の世界では理論的な裏付けをするため様々な実験などが行われていますが、この本のように具体的な表現で構造から意匠までの広範囲の研究成果を著している本は少ないと感じます。


ヤギモク 遠藤